目次
1 熱中症とは
(1)私たち人間は恒温動物であり、暑い環境でも体温を一定に保つための調節機能を備えています。
しかし、高温多湿な環境で長時間作業を続けると、この体温調節機能が破綻し、様々な症状が現れます。これが熱中症です。
裁判例においても、熱中症とは「暑熱環境における身体適応の障害によって起こる状態(熱失神、熱痙攣、熱疲労、熱射病等)の総称」とされています(東京地裁判決令和2年2月17日)。
医学的には、熱中症は重症度に応じて次の3段階に分類されます。
・重症度Ⅰ(熱失神・日射病・熱痙攣):現場での対応が可能な段階
・重症度Ⅱ(熱疲労):速やかな医療機関の受診が必要な段階
・重症度Ⅲ(熱射病):入院(場合によっては集中治療)が必要な段階
重症度が上がるほど後遺症や死亡のリスクが高まるため、初期症状の段階で適切に対応することが重要です。
(2)症状
熱中症の症状には、次のようなものがあります。
・めまい、失神
・筋肉痛、筋肉の硬直(こむら返り)
・大量の発汗
・頭痛、気分の不快感、吐き気、嘔吐、倦怠感、虚脱感
・意識障害、痙攣、手足の運動障害
・高体温
特に、意識障害や痙攣、手足の運動障害がみられる場合は、重症度Ⅲの熱射病である可能性があり、命に関わる危険な状態です。このような症状がみられたときは、直ちに作業を中止し、救急要請を含めた対応をとる必要があります。
2 熱中症が労災に認定される基準
(1)仕事中に発症した熱中症は、労働災害(労災)として認められる可能性があります。
実際に、労働基準法施行規則35条・別表第1の2第2号8は、「暑熱な場所における業務による熱中症」を業務上疾病の一つとして明記しています。
もっとも、業務中に熱中症を発症したからといって、当然に労災と認定されるわけではありません。労災として認定されるためには、「業務遂行性」と「業務起因性」という2つの要件を満たす必要があります。
(2)要件
① 業務遂行性
業務遂行性とは、労働者が事業主の支配ないし管理下にある状態で事故(発症)が起きたことをいいます。たとえば、直射日光の当たる屋外の建設現場で作業をしていた最中に熱中症を発症したという場合であれば、業務遂行性は比較的認められやすいといえます。
② 業務起因性
業務起因性とは、業務に伴う危険性が現実化したこと、つまり業務と発症(結果)との間に相当な因果関係があることをいいます。現場での作業中に発症した場合は、一般的に業務起因性も認められやすい傾向にあります。
一方で、労働者本人の私的な行為や、業務から逸脱した行為、職場の規律に違反する行為が発症の原因となっている場合は、業務起因性が否定される事情になり得ます。
なお、暑熱な場所における業務に従事している最中に熱中症を発症して死亡したと認められる場合には、特段の反証がない限り業務起因性が認められると判断した裁判例があります(東京地判平成18年6月26日)。このように、暑熱な場所での業務による熱中症については、業務起因性の立証のハードルがある程度緩和される可能性があります。
とはいえ、実際に業務起因性が認められるかどうかは、作業環境や当日の状況、本人の健康状態など個別の事情によって判断が分かれる専門的な分野です。労災に該当するか疑問がある場合は、早めに弁護士に相談することをおすすめします。
3 熱中症で労災認定されるための申請方法
熱中症について労災の認定を受けるためには、次のような流れで手続きを進めることになります。
① 会社へ報告
まずは、熱中症を発症したこと、またはその疑いがあることを会社に報告します。令和7年6月1日に施行された改正労働安全衛生規則により、事業者には、熱中症の自覚症状がある作業者や熱中症のおそれがある作業者を見つけた者が、その旨を報告するための体制(連絡先・担当者)をあらかじめ整備し、周知することが義務付けられました。会社にはこうした報告体制が整っているはずですので、体調に異変を感じたら早めに申し出ることが大切です。
② 診察
熱中症の症状がみられる場合は、速やかに医療機関を受診しましょう。重症度Ⅱ(熱疲労)以上の状態であれば、医療機関での治療が必要とされています。改正労働安全衛生規則でも、事業者に対し、作業からの離脱や身体の冷却とあわせて、必要に応じて医師の診察や処置を受けさせることが義務付けられています。診断書など、発症の状況や症状の程度がわかる資料は、後の労災申請の際にも重要な証拠になります。
③ 労働基準監督署への申請手続き
労災保険の給付を受けるためには、原則として、会社の所在地を管轄する労働基準監督署長に対し、労働者本人またはご遺族が労災保険給付の申請を行う必要があります。申請書には事業主証明欄があり、被災した事実や賃金に関する事項について、原則として会社(事業主)の証明が必要です。
④ 必要な書類の説明
給付の種類によって、提出する書類が異なります。主なものは次のとおりです。
・療養(補償)給付たる療養の給付請求書:労災病院や労災指定病院を受診した場合に、当該病院へ提出します。
・療養(補償)給付たる療養の費用請求書:労災指定病院以外の医療機関を受診し、費用を立て替えた場合に、労働基準監督署へ提出します。
・休業(補償)給付支給請求書:熱中症の療養のため働くことができず、賃金を受けられなかった期間について請求する際に、労働基準監督署へ提出します。
・障害(補償)給付支給請求書:熱中症により後遺障害が残った場合に、労働基準監督署へ提出します。
・遺族(補償)年金支給請求書:熱中症により労働者が亡くなった場合に、年金受給資格のある遺族が労働基準監督署へ提出します。
書類の様式や記載方法について不明な点があれば、労働基準監督署の窓口で相談しながら進めることもできます。もっとも、手続きが煩雑であったり、会社が証明に協力してくれなかったりするケースもあるため、対応に不安がある場合は弁護士への相談を検討しましょう。
4 会社へ慰謝料を請求したい!適切な補償獲得のためにできること
(1)労災保険からの給付だけでは、被災した労働者やご遺族の損害を十分にカバーできないことがあります。
たとえば、精神的苦痛に対する慰謝料は、労災保険からは支給されません。そこで、労災保険の給付とは別に、会社に対して損害賠償を請求することが考えられます。
会社には、労働契約法5条に基づき、労働者が安全で健康に働くことができるよう配慮する義務(安全配慮義務)があります。熱中症を予防するための休憩や水分・塩分補給の徹底、健康状態の確認、体調不良の疑いがある場合の作業中止など、必要な対策を怠っていた場合には、この安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求できる可能性があります。また、事故の態様によっては、不法行為責任(民法709条等)が認められるケースもあります。
(2)損害賠償で請求可能なお金
会社への損害賠償請求では、労災保険からは支給されない次のような損害を請求できる可能性があります。
・慰謝料(傷害慰謝料、後遺障害慰謝料、死亡慰謝料など)
・後遺障害が残った場合の逸失利益(将来得られたはずの収入の減少分)
・死亡した場合の逸失利益
・治療費・付添看護費等のうち労災保険でカバーされない部分
・葬儀費用(死亡事故の場合)
特に後遺障害が残った場合や、死亡事故に至った場合には、賠償額が高額になる可能性があります。適正な金額を算定し、確実に請求するためには、専門的な知識と経験が必要です。
(3)職場における熱中症対策の強化について(法改正の説明)
熱中症による労働災害の重篤化を防ぐため、労働安全衛生規則が改正され、令和7年6月1日から施行されています。この改正により、WBGT(湿球黒球温度)28度以上、または気温31度以上の作業場で、継続して1時間以上、または1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれる作業(熱中症を生ずるおそれのある作業)について、事業者には次の対応が義務付けられました。
・ 熱中症の自覚症状がある作業者や、熱中症のおそれがある作業者を見つけた者が報告するための体制(連絡先・担当者)を、事業場ごとにあらかじめ定めて関係作業者に周知すること
・ 作業からの離脱、身体の冷却、必要に応じた医師の診察・処置、緊急連絡網や緊急搬送先の連絡先・所在地など、症状の悪化を防止するために必要な措置とその実施手順を、事業場ごとにあらかじめ定めて関係作業者に周知すること
詳細は、厚生労働省富山労働局の案内ページが参考になります。
https://jsite.mhlw.go.jp/toyama-roudoukyoku/news_topics/oshirase/0706nechushokyoka.html
(4)この法改正により、会社が上記の体制整備を怠っていた場合には、安全配慮義務違反がより明確に問われやすくなったといえます。
逆にいえば、会社が改正内容に沿った対応を取っていなかったことは、損害賠償請求において重要な事情となり得ます。
5 弁護士が支援できること
熱中症による労災事故については、弁護士に依頼することで次のようなサポートを受けることができます。
(1)労災申請の代行
労災保険の申請には、多くの書類の準備や労働基準監督署とのやり取りが必要です。会社が事業主証明に協力してくれない場合の対応も含め、弁護士が申請手続きを代行することで、負担を軽減しながら適切な認定を目指すことができます。
(2)後遺障害等級認定サポート
熱中症の後遺症として、意識障害や身体機能の低下などが残ってしまうことがあります。適正な等級認定を受けられるかどうかで、その後受け取れる補償額は大きく変わります。弁護士は、症状や検査結果を踏まえた資料の収集・整理を通じて、適切な等級認定に向けたサポートを行います。
(3)会社への損害賠償請求
安全配慮義務違反や不法行為責任を根拠とする会社への損害賠償請求では、会社側との交渉や、場合によっては訴訟対応が必要になります。弁護士が窓口となることで、ご本人やご家族の負担を抑えながら、適正な補償の獲得を目指すことができます。
6 当事務所のサポート内容
当事務所では、労災事故に関するご相談を数多くお受けしてきました。労災申請の代行から、後遺障害等級認定のサポート、会社への損害賠償請求まで、専門知識を持つ弁護士が一貫してサポートいたします。
大切なご家族が仕事中に熱中症で倒れてしまった、あるいはご自身が後遺症に悩まされているなど、お困りのことがあれば、一人で抱え込まず、まずはお気軽にご相談ください。
7 まずは弁護士にご相談ください
業務に起因する熱中症の問題は、適切な対応を行うことで受け取れる補償が大きく変わります。どうぞお気軽にご相談ください。
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